LA生活3年目を前に独り言
こんにちは
今日は何の皆様のやくにも立たない呟きをさせてもらおうかと。
アメリカ生活2年が経過し、3年目に入ったのでそのまとめを。
実はほんのすこし日本に帰国していたのですが(実は本格帰国の予定だったのですが)、かくかくしかじか、またLAにとんぼ返りです。
日本はやっぱりいいですね。
もう、日本にずっと住んでいた頃は、OO地域は私の居住エリア、みたいな小さい縄張り意識(何じゃそりゃ)があったのですが、帰国して見たら、もうこのちっこい島国全てが自分が属する土地に思えてしまう、そんな感覚になってしまうのは私だけでしょうか。
そういえば、漠然とどこか海外に将来住むかも、と小さい頃から思っていたかもしれないことを思い出しました。
英語がいつも身近にあったから?
親戚が国際結婚多いから?
海外旅行が好きだから?
根拠はないけど、そんな気がしていました。
そして縁があったのがロサンゼルス。
これはもう縁があった、というしかありません。
縁が縁をうんで、ロサンゼルスに上陸した私。
運のいいことに、信じられないほどトントン拍子に渡米が決まりました。
家族もいない、友達もいない、私が誰かを知っている人は誰もいないこの土地で一人で生活を始めるのはすごく刺激的でした。
普通は、友達のツテ、とかで近い範囲に一人くらい頼れる人作ってくるんだろうけど、私はあえてそれは選ばず、一人で始める生活にワクワクしてた。
そこで気づいたこと。
自分が一体どんな人間かってこと。
今までどれだけ抑圧された生活を送ってきたかってこと。
ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないって、思っていることを知りもしなかった。
小さい頃から、いい子にしなきゃという意識からか、自己抑制が人一倍強かった私は、本当に欲しいものを欲しいって言えなかった。
3歳になる頃には親からも「欲しいなら欲しいって言わなきゃダメだよ」と言われ続ける。どんな子供。笑
いつも大好きな靴屋さんの前で立ち止まってしまう。
キラキラのラメが入った靴が欲しくて欲しくて。
「欲しいの?」と聞かれても、
「いらない」とことえる3歳児に両親は何を思っただろうか。
そんなに欲しくないものは欲しいって言えるのに、本当に欲しいものになるといえなくなるのは何でだったんだろう。
アメリカに来て、というかアメリカじゃなくてもどこでもよかったんだろうけど、私のことを誰も知らない土地に来て、周りが自分をどう見てる、とかそういうことを一切気にしなくなってから、やっと本当に欲しいものが選べるようになった。
もっと自分を認めてあげることで、他人を許せるようになったし、もっと自分を観察することで他人を素敵だって思えるようになった。
この二年間は自分自身の抑制が外れて、選択が変わったぶん、多くのいままで経験しなかったことを経験した。
日本にいたら絶対しなかった選択をたくさんした。
一度振れ幅の大きい選択をしてしまうと、そのあとの選択がラクになる。
最近、ミニマリストとしていきたい願望が強いんだけど、それは、本当に欲しいもの以外は、いらない、本当に欲したものだけに囲まれていきていきたいって思っているから。欲しいものがわかって来たから言えること。
二年間、私に起きた様々な出来事を全て網羅しているUCLAの同期の友人は、最後の出勤の日に
「you really changed. You're almost like different person」
と言われました。
帰国して日本の友達、家族に会って、「なんか顔変わったねー」と言われました。
自分の好きなように服を選んで、好きなようにメイクして、確かに変わったかも?
それとも内面の変化が外見にすこし出てる?
自分ではわからないけど…
時が経つのは早いっていうけど、二年間は全然早くなかった。
毎日毎日、多くの経験を積んで、人生180度変わって、目の前にある選択肢がガラッと変わった。
こんなに大変だった時間はいままでなかった。
何かに熱中することはいままでもあったけど、その情熱をこんなに多くのことに分散することはなかったし、こんなに頭を使って生きることもなかった。
頭も使ってるのに、本能にも忠実に突き進んでいる奇妙なバランス。
綱渡りな毎日、そして確実に積み上げていることを感じる、矛盾した感覚。
今後、あと一年以内にはまた大きな選択をしようかと思ってます。
もう少し自分の選択肢を狭めて焦点を絞るために。
さてさて、独り言はこの辺にして、
ここからロサンゼルス生活第二章となりそうです。
しばらくはまだUCLAで現在のプロジェクトを終わらせることに専念します!!
ここからはもっと頭使っていきていかないと色々間に合わないぞー。
あ、写真はUCLA歯学部の案内板デビュー。笑
廊下のおっきいモニターです。
ではでは
Have a wonderful day!!